『白鳥異伝』は、萩原規子による「勾玉三部作」の第2作。1996年に刊行され、前作『空色勾玉』で築かれた世界観を引き継ぎつつ、より重厚な人間ドラマが展開される作品です。物語の舞台は『空色勾玉』の時代から数世代後。神話が現実へと溶け込み始め、人々の心に“神の声”が届かなくなりつつある世界で、それでも何かを信じようとする者たちの姿を描きます。
本作では、前作で重要な役割を果たした人物が登場することからも明らかなように、単なるテーマ的継承ではなく、物語世界の連続性が明示されているのが特徴です。今回は『白鳥異伝』のあらすじ、登場人物、前作との関係性、物語が内包するテーマを整理しながら、その本質に迫ります。
あらすじ(ネタバレ抑えめ)

物語の主人公は、山間の地・三野で育った遠子(とおこ)と、小倶那(おぐな)という少年。拾われ子として育てられた小倶那は、のちに都・まほろばで大碓皇子の影武者として生きる運命に巻き込まれていきます。
遠子は、旅のなかで“まがたま”を探す使命を帯び、さまざまな土地で人と出会い、そして別れを経験します。一方の小倶那は、神剣「大蛇の剣」に呑まれ、暴走し、ついには故郷を焼き尽くしてしまいます。
この二人の離別と再会の物語は、神の道具である“剣”と“勾玉”に象徴される「力」と「調和」の対比でもあり、人間がいかにして罪を背負い、それを乗り越えるかという物語でもあります。
登場人物
遠子(とおこ)
橘一族の娘。明るく行動的で気の強い性格。彼女の魅力は、何よりも“純粋であること”。特別な力に頼らず、目の前の出来事に自分の意志で向き合い続ける強さが、物語を動かす原動力となっている。
小倶那(おぐな)
遠子とともに育った少年。都で大碓皇子の影武者(御影人)として生きるが、その正体を知られたことで運命が狂い始める。大蛇の剣に取り憑かれ、自らの手で破壊と死をもたらす。
菅流(すがる)
遠子の旅の同行者。職人の見習いとしての軽妙さを持ちつつ、誰よりも他者に対して誠実な人物。遠子の視野を広げ、旅のなかで共に成長していく存在。
大碓(おおうす)皇子
日継の皇子で、小倶那と瓜二つ。兄弟のように描かれつつ、政治的陰謀に翻弄され、小倶那に討たれる悲劇の王子。
明姫(あかるひめ)
大碓の恋人であり、橘家の巫女姫。身分の差ゆえに引き裂かれる運命を受け入れながら、静かに強く生きる。
象子(きさこ)
遠子の育った家の娘。初期はわがままで気が強いが、旅の中で大きく成長する。女性としての自立と変化を象徴するキャラクター。
七掬(ななつか)
元山賊で大碓の忠臣。豪胆だが義理堅く、小倶那にとって父にも似た師匠のような存在。
『空色勾玉』とのつながり
『白鳥異伝』は前作『空色勾玉』から数世代後の世界を描いています。世界にはもはや神の声は届かず、人々は自らの意志と感情によって生きています。前作で重要な役割を果たした人物の登場や“まがたま”の継承といった要素が、確かな連続性を示しています。
小倶那は「闇の一族」の系譜にあたる人物であり、その系譜は前作の“稚羽矢”や“狭也”の時代から続く神話的な血筋の延長線上にあります。直接的な血縁関係は描かれていませんが、“勾玉の物語”という観点では確実に繋がっています。
テーマ:罪と赦しの物語
『白鳥異伝』の中核にあるのは、「力を持つ者は、必ずしも幸福になれない」という問いです。小倶那は力を持ちながらも破壊をもたらし、遠子は力がなくとも人と関わり続ける。その対比は、“強さ”とは何か、“選ぶ”とはどういうことかを、読者に問いかけます。
また、過去を赦すこと、自分自身を赦すことの難しさも大きなテーマです。物語が進むごとに、遠子も小倶那も、他者や自分に対する赦しを獲得していきます。それは同時に、読者自身への問いかけでもあります。
読後に残るもの
『白鳥異伝』の読後感は深く、静かです。劇的な展開の果てに、ほんの少しの光を手に入れるような感覚。涙があふれるような感動ではなく、胸の奥にそっと染み込んでいく優しい重みがあります。
勾玉三部作の中でも最も“人間の心”に迫った物語として、多くの読者に強い印象を残し続けている理由はそこにあります。

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