最近、一枚の絵をじっくりと、自分の目だけで眺めたことがありますか?
私たちは日々の仕事の中で、常に「正解」を求めています。売上目標、効率化、市場調査……。そこにあるのは「データに基づいた客観的な正解」です。しかし、その正解を追い求めれば求めるほど、どこか「他人の人生」を歩まされているような、あるいは「誰がやっても同じ結果」に辿り着いてしまう虚しさを感じたことはないでしょうか。
今回ご紹介する末永幸歩さんの著書『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』は、そんな「正解依存症」に陥った私たちの思考OSを根底から書き換えてくれる一冊です。
中高生向けのやさしい語り口でありながら、その本質は鋭く、ビジネスの最前線にいる大人にこそ刺さる「思考の革命」が詰まっていました。
アート思考とは「植物」である:タネ・根・花

本書では、アートを「植物」に例えて解説しています。
- 興味のタネ:自分の内側にある、純粋な好奇心や「おや?」という違和感。
- 探究の根:そのタネから、誰に見えるわけでもなく地中深く掘り下げ続けるプロセス。
- 表現の花:その結果として世に出る作品やアウトプット。
私たちはつい、美しく咲いた「花(作品や成果)」ばかりに目を奪われます。そして、どうすればあんな綺麗な花を咲かせられるかという「技術」や「知識」を学びたがります。
しかし、著者は断言します。「アーティストにとって最も重要なのは、目に見えない『根』を伸ばすプロセスである」と。
ビジネスに置き換えてみましょう。他社の成功事例を分析し、効率よく「それっぽい成果」を出す人は、いわば「花職人」です。一方で、自分自身の違和感や情熱を起点に、誰も見たことのない価値を作り出すのが「アーティスト」。
これからの不確実な時代、私たちに必要なのは、綺麗に花を並べる技術ではなく、自分自身の根をどこまで深く伸ばせるか、という「アート思考」なのです。
常識を破壊する6つのクラス:体験する美術史
本書の醍醐味は、20世紀を代表する6つの作品を通じて、私たちの固定観念を一枚ずつ剥がしていく「体験型ワーク」にあります。
CLASS 1 & 2:「上手さ」と「リアルさ」の呪縛を解く

マティスの「緑の鼻すじ」がある肖像画や、ピカソのキュビスムが登場します。「鼻が緑なのはおかしい」「形がバラバラで下手に見える」……。そう感じるのは、私たちが「目はこう見えるはずだ」という常識のフィルターで世界を見ているからです。
ピカソは、3次元の物体を2次元に落とし込む際の「ウソ」を暴くために、あえて多角的な視点を一つの画面に詰め込みました。「リアルさとは何か?」という問いは、ビジネスにおける「常識」や「業界の当たり前」を疑う視点そのものです。
CLASS 3 & 4:想像力を解き放ち、思考をアートにする

カンディンスキーの抽象画は、私たちに「正解の形」を提示しません。そこにあるのは色と形だけ。しかし、だからこそ鑑賞者は自分の感情や、聞こえてくる音楽を作品に投影できます。
そして、マルセル・デュシャンの「便器(泉)」。これは衝撃的です。「美しいかどうか」という視覚の次元を超え、「何がアートをアートたらしめるのか?」という思考そのものを提示したのです。 「これは本当に価値があるのか?」という根本的な問いを立てる力は、まさにここから学べます。
CLASS 5 & 6:視点を変え、日常を再定義する
ポロックのドリッピング(床に置いて描く)や、ウォーホルの大量生産品。これらは「作品は遠くから窓を眺めるように見るものだ」という視点や、「アートは一点物で高尚なものだ」という境界線を壊しました。
自分の足元(床)を見つめること。日常のスープ缶に美しさを見出すこと。アート思考とは、特別な場所にあるものではなく、「自分の目」で世界をどう捉え直すかという態度なのです。
「アート」と「アートでなはい」の境界線はない。
なぜ「大人の美術」はつまらなくなったのか?
多くの大人が「美術は苦手だ」「よくわからない」と言います。その原因は、中学生の頃の教育にあると本書は指摘します。
「この絵の作者は誰か?」「この時代背景は?」といった、「外側にある正解」を覚えることが美術になってしまったからです。しかし、アートの本来の姿は、自分の中にある「内なる答え」を見つけることです。
正解探し型教育の弊害は、ビジネスの現場でも顕著です。 「上司が納得する答え」「市場が求める正解」ばかりを気にしていると、自分自身の「興味のタネ」は枯れ、思考は硬直化します。本書は、私たちが失ってしまった「自分なりの視点」を取り戻すためのリハビリテーションでもあるのです。
ビジネスに効く「アート思考」の3ステップ
本書を通じて得られる最大の収穫は、以下のサイクルを回せるようになることです。
- 自分だけのものの見方で世界を見つめる(フィルターを外す)
- 自分なりの答えを生み出す(探究の根を伸ばす)
- それによって「新たな問い」を生み出す(ループする)
データの裏付け(サイエンス)だけでは、どうしても「どこかで見たような施策」に落ち着きがちです。
そんな時、「自分はこの状況に何を感じるか?」「そもそも、このシステムが実現したい“美しさ”とは何か?」という主観をあえて持ち込む。一見、非効率に見えるこの「探究の根」こそが、最終的に他者には真似できない独自の価値(表現の花)を生むのだと、本書を読んで確信しました。
愛することから始まる思考
プロローグで描かれる「あなただけのかえる」のワーク。 そしてエピローグで語られる「愛すること」がある人のアート思考。
結局、思考のエネルギー源は「好き」や「気になる」といった個人的な感情です。 効率や正論に押しつぶされそうな時ほど、私たちは自分の「興味のタネ」を大切にしなければなりません。
本書を読み終えた後、私は無性に美術館へ行きたくなりました。 ただし、今度は音声ガイドを借りるためではなく、作品の前で立ち止まり、「自分は何を感じ、どんな根を伸ばせるか」を試すために。
仕事というキャンバスに「自分だけの答え」を描くために、一度この13歳の視点に立ち返ってみてはいかがでしょうか。
次のアクションとして
- まずは1枚の絵を「1分間」眺めてみる:情報の海を泳ぐのをやめ、主観を取り戻す練習です。
- 「なぜ?」を3回繰り返す:自分の違和感(興味のタネ)を地中深く掘り下げる「根」を伸ばしてみましょう。
