静かで、温かくて、今の時代にやさしい物語 2025年4月16日に刊行された宮島未奈の最新作『それいけ!平安部』は、「青春×平安時代」という異色のテーマを描きながらも、圧倒的な安心感と読後の温もりをもたらしてくれる稀有な作品だ。
衝撃的な展開や重たいテーマが溢れる現代において、この作品は静かに“穏やかさ”と“ぬくもり”を届けてくれる。そんな今作の魅力を、キャラクター、ストーリー、文化、そして“居場所”というキーワードから紐解いていく。
登場人物たち
部活動という小さな世界で出会う個性 物語の中心にいるのは、高校1年生の牧原栞。彼女は、入学式当日、クラスメイトの平尾安以加から「平安時代に興味ない?」と話しかけられる。その唐突な言葉から、すべてが始まる。
安以加は平安時代をこよなく愛する少女。実家は有名な書道教室で、筆跡は驚くほど美しい。「いみじ!」が口癖で、平安言葉が自然に口をつく。だが彼女には、中学時代にクラスで孤立していた過去がある。そんな経験を乗り越え、「自分の居場所を作る」ために平安部の創設を決意していた。
そして栞。どちらかといえば控えめで、どこか影の薄さに悩む存在。親にさえ平安部のことを言い出せないまま過ごす彼女の視点から、物語は静かに、そして丁寧に語られていく。
部活創設の道
あと3人、どうする!? 高校で新しい部を作るには、最低でも5人の部員が必要。栞と安以加の2人からスタートし、そこから奔走が始まる。集まってきたのは、元サッカー部の大日向大貴、百人一首部の幽霊部員・明石すみれ、元物理部のイケメン・光吉幸太郎。
彼らは一見バラバラな個性の持ち主だが、どこか「居場所がなかった」共通点を持つメンバーたち。そんな彼らが「平安のこころを学ぶ」という漠然とした旗印のもとに集まり、少しずつ距離を縮めていく様子が、なんとも愛おしい。
活動内容の中でも、蹴鞠大会での優勝エピソードは、部員たちの絆が強まるターニングポイントとして心に残る。
平安のこころと“今”をつなぐ 印象的なのは、栞が「江戸時代にも平安の遊びを復元しようとした動きがあった」と知る場面。「江戸時代にも平安部があったのかもしれない」と彼女が感じたその瞬間、過去と現在、そして自分の想いが静かに重なる。
このような文化とのつながりは、作品全体にやさしい奥行きを与えている。登場する用語も、ただの小ネタでは終わらない。
- 蹴鞠:鹿革の球を落とさないよう蹴り続ける貴族の遊び
- 蘇(そ):牛乳を煮詰めて作る、古代の“和風チーズ”
- 貝合わせ:貴族たちの遊びで、優雅な記憶遊び
- 雲中供養菩薩:平等院鳳凰堂の52体の仏像
- 赤染衛門:百人一首に歌を残す平安の女流歌人 百人一首に「やすらはで 寝なましものをさ夜ふけて傾くまでの 月を見しかな」栞ににているらしい
- 光源氏と光GENJI:光源氏は紫式部による『源氏物語』の主人公。光GENJIは1987年の男性アイドルグループ。
こうした用語が、キャラたちの会話の中にさりげなく差し込まれることで、歴史がぐっと身近なものとして感じられる。
文化祭へ
最終章で描かれる文化祭は、平安部が学校内で正式に認められ、みんなに知られる存在になる場面でもある。大きな事件ではないけれど、読者はその成長にそっと胸を熱くするはずだ。
恋愛よりも、友情と日常のまぶしさを 本作に恋愛要素はほとんどない。かすかに漂う雰囲気程度で、物語の中心は常に「仲間とのやりとり」や「高校生活そのもの」だ。
栞たちの、言葉のやりとり、すれ違い、共感、応援──そうした細かな感情が、ページのすみずみまで丁寧に描かれている。
表紙の意味がわかるとき
イラストはトミイマサコ氏が担当。読後にもう一度表紙を見ると、「この絵に全部が詰まっていた」と気づかされる。ビジュアルと物語がひとつになるこの感覚は、紙の本ならではの醍醐味だ。
3時間で読める、深い体験
本作の分量は控えめ。だが、その中に詰まった青春のきらめきと、平安文化の重なりは、どこまでも豊かだ。およそ3時間で読める“深い体験”がここにはある。
おわりに
「ここにいていい」と思える場所をくれる物語 『それいけ!平安部』は、誰かの居場所になろうとする物語だ。過去に孤独を経験した誰かが、自分と他者のために「部」を作り、共に学び、笑い、そして次の人へ手渡していく。
平安の文化を軸に、静かに描かれる“今を生きる若者たち”。そこには、私たちが忘れていた何かが確かにある。読後にはきっと、「自分も、ここにいていい」と思えるやさしさが心に残るだろう。
まさに、現代に贈る“ピュア度100%”の青春小説だ。いみじ!