『レーエンデ国物語』は、多崎礼氏による壮大なファンタジー小説シリーズです。第1巻は2023年6月に刊行され、2024年本屋大賞にもノミネートされるなど、多くの読者から高い評価を受けています。『本屋大賞にノミネートされた』と聞くだけで、ちょっと気になる。それがファンタジー作品ならなおさらだ。正直、読み始める前は「壮大な設定に圧倒されるだけで終わるのでは?」という不安もあった。しかしページをめくるごとに引き込まれたのは、異世界の不思議さではなく、そこで生きる人々の痛みや選択、そして何より”成長”の物語だった。特に中高生にこそ読んでほしい理由が、確かにある。作者が紡ぎ出すこの物語は、美しい世界観、緻密なキャラクター描写、そして心に響く人間ドラマを兼ね備えた作品です。

全国の書店員が選ぶ【本屋大賞】にノミネートされる作品はジャンル問わずおもしろいものが多いです。

あらすじ──呪われた地・レーエンデへ
物語の舞台は聖イジョルニ帝国にあるフェデル城から始まります。主人公であるユリアは貴族の娘であり、幼い頃から家族や社会のしがらみに縛られ、自由を求めています。彼女の父・ヘクトルは帝国でも名高い英雄であり、ユリアもまたその影響を強く受け、特別な存在としての役割を期待されてきました。しかし、ユリアはその重圧に苦しんでおり、自分らしい生き方を模索しているのです。
そんなユリアに転機が訪れます。父・ヘクトルがレーエンデと呼ばれる呪われた地への旅に出ると決め、ユリアも同行することになります。レーエンデとは、聖イジョルニ帝国の人々にとって謎めいた土地であり、帝国と交易を結ぶために踏み入れることすら危険とされています。ユリアにとっては、この旅が新しい世界との出会い、そして未知の自分自身を見つけるチャンスになるのです。
レーエンデに向かう道中、ユリアは様々な人物と出会い、次第に心を開いていきます。特に重要なのは、旅の途中で出会った琥珀色の瞳を持つ寡黙な射手、トリスタンとの関係です。トリスタンはレーエンデに住む青年で、言葉少なでありながら、その存在感と不思議な魅力でユリアを惹きつけます。ユリアは彼との出会いを通じて、友情、恋愛、そして自分自身の在り方について深く考えるようになります。
やがて、ユリアたちはレーエンデの地に足を踏み入れ、その美しい景色と同時に潜む危険に直面します。レーエンデは単なる異国の地ではなく、古代から続く呪いと謎を抱えた土地であり、帝国の未来に大きな影響を与える力が潜んでいます。ユリアとトリスタン、そして周囲の仲間たちは、レーエンデ全土を巻き込む争乱の渦に巻き込まれていくこととなり、ユリア自身もまた、その中で成長していきます。
世界より先に、登場人物の心に惹かれる
『レーエンデ国物語』第1巻の主人公・ユリアは、貴族の娘として立派に育った少女だ。だが、彼女は最初から完璧なヒロインではない。迷い、怒り、恐れ、そして誰かに理解されたいという切なる思いを抱えながら、読者と一緒に歩き始める。だからこそ彼女に共感できる。
この物語は、いわゆる「異世界ファンタジー」ではあるけれど、背景の設定が主役ではない。光を放つのは、人物たちの心の動きだ。特にユリアが誰かと出会い、自分の中にある価値観が揺さぶられていく様子が、丁寧に描かれている。その姿は、中高生の皆さんが日々直面する「自分は何者なのか」「誰に理解されたいのか」という問いと重なる。
キャラクター紹介
ユリア
ユリアは物語の主人公であり、貴族の娘として育てられました。家族や周囲から特別視され、その期待に応えなければならないプレッシャーに悩んでいます。しかし、ユリアは単に守られる存在ではなく、自らの意志で行動する強い意志を秘めています。旅を通じて、彼女は自分自身の新しい一面を発見し、成長していきます。また、トリスタンとの出会いを通じて初めて友情や恋愛の感情を抱くことで、彼女の内面的な変化が描かれます。
ヘクトル
ヘクトルはユリアの父であり、聖イジョルニ帝国で「英雄」と称される存在です。帝国の平和と繁栄のため、尽力してきた人物であり、レーエンデとの交易を開くために旅に出ます。彼は冷静で理性的な性格であり、ユリアにとっては尊敬と同時に超えるべき目標のような存在です。ユリアを守りながらも、彼女の成長を見守る父親としての側面もあります。

かっこいいおじさん、おばあさんがよく出てくる物語ですが、なかでもヘクトルは比類なき最強の親父です。
トリスタン
トリスタンは、レーエンデの地でユリアが出会う寡黙な射手で、琥珀色の瞳を持つミステリアスな青年です。彼は言葉数は少ないものの、強い意思と優しさを秘めており、ユリアにとって大切な存在となります。トリスタン自身もまた、レーエンデに生まれ育ちながら、帝国との関係に悩みを抱えているため、ユリアとの交流を通じて自分の中での葛藤を乗り越えていきます。

物語に深くかかわる重要人物です。ファンも多いんじゃないかなー
リリス
レーエンデ地方に住む女性で、主人公ユリアにとって非常に重要な友人となるキャラクターです。初めて出会った時、リリスはユリアに対して冷たい態度を取りますが、共に時間を過ごす中で次第に心を開き、二人は深い友情で結ばれるようになります。リリスはユリアにとって初めての真の友人であり、異国の地で暮らすユリアにとって頼もしい存在です。彼女との交流を通じて、ユリアは友情や人間関係の難しさ、そして信頼を学びます。リリスの存在が、ユリアの精神的な成長に大きく影響を与え、物語において重要な位置を占めています。
登場人物たちと心の変化──関係性がユリアを変えていく
本書では、人との出会いによって変化していく心の動きが軸となっている。ユリアとトリスタンの関係はその最たる例だ。
トリスタンは、寡黙でありながらも行動とまなざしで多くを語る青年だ。読者の心にも静かに染み込んでくるキャラクターであり、ユリアにとっては「言葉にならない想い」を感じさせる存在となる。その一方で、父ヘクトルとの関係には、”理想の親”を超えるための葛藤がにじむ。
リリスという少女との友情も、ただの仲良し描写ではなく、信頼を築く難しさやすれ違いを乗り越える描写が繊細だ。彼女とのやりとりを通じて、ユリアが初めて「誰かを信じていい」と思えるようになっていく過程は、多くの若い読者の共感を呼ぶだろう。
レーエンデ地方に暮らす種族
レーエンデという土地には、ウル族、ティコ族、ノイエ族、そしてイジョルニ人など、多様な種族が共存している。ただしそれは、単なる設定にとどまらない。各民族の文化や信仰、生き方が、物語に深みを与えている。
たとえば、自然と共に生きるウル族。彼らの暮らしや信仰は、文明の発展を最優先とする帝国の価値観とは異なり、どこか人間らしさを思い出させる。
レーエンデに流れる時間は、決して「敵対勢力の国」として一面的には描かれない。むしろ、読者の心をくすぐるのは「多様な視点で世界を見られるようになること」だ。これは今を生きる私たちにも必要なことではないか。
ウル族
ウル族はレーエンデの深い森に住む先住民族で、自然と密接に関わりながら暮らしています。彼らは「古代樹」と呼ばれる巨大な樹木を住まいとしており、自然を敬い共生する文化が根付いています。ウル族は銀呪病と呼ばれる病に関する独自の知識を持ち、その治療法についても伝統的な知識を受け継いでいます。外部からの干渉を避け、自らの文化を守り続けようとする姿勢が強いのも特徴です。
ティコ族
ティコ族はレーエンデの東部に点在する村で生活し、主に農業や炭鉱業に従事しています。彼らは共同体意識が強く、地域での協力を重んじています。収穫祭や伝統行事を大切にしており、その風習は世代を超えて継承されています。しかし、帝国の支配により生活は困難を極めており、そうした抑圧の中で反抗の意志を持つ者も現れ、革命の兆しが見え始めます。
ノイエ族
ノイエ族はレーエンデの湖に浮かぶ孤島城で生活しており、独自の宗教や信仰に基づく生活を送っています。ノイエ族の信仰体系は、法皇と呼ばれる宗教的な指導者を中心に成り立っており、外界との接触を最小限にすることでその文化を守り続けています。ノイエ族の伝統は、レーエンデ全体の精神文化にも影響を与える存在です。
イジョルニ人
イジョルニ人は聖イジョルニ帝国からレーエンデに移住してきた人々で、支配者層としての立場を持っています。彼らはレーエンデの多くの地域に影響を及ぼし、帝国の文化や価値観を広めようとしています。しかし、先住のウル族や他のレーエンデの種族と文化的な違いから、対立や摩擦が絶えません。
主な見どころ
魅力あふれる世界観と種族──背景が生きている
レーエンデという土地には、ウル族、ティコ族、ノイエ族、そしてイジョルニ人など、多様な種族が共存している。ただしそれは、単なる設定にとどまらない。各民族の文化や信仰、生き方が、物語に深みを与えている。
たとえば、自然と共に生きるウル族。彼らの暮らしや信仰は、文明の発展を最優先とする帝国の価値観とは異なり、どこか人間らしさを思い出させる。
レーエンデに流れる時間は、決して「敵対勢力の国」として一面的には描かれない。むしろ、読者の心をくすぐるのは「多様な視点で世界を見られるようになること」だ。これは今を生きる私たちにも必要なことではないか。
銀呪病──幻想と恐怖の狭間にある真実
作中に登場する「銀呪病」は、物語の幻想的な側面と現実的な恐怖を繋ぐキーだ。
この病にかかった者は、満月の夜に現れる銀色の霧の中で、やがて全身が銀色の鱗に覆われていく。治療法はなく、最終的には命を落とすこともあるという。
この病が象徴するのは、偏見、恐れ、そして未知なるものへの拒絶かもしれない。病にかかった者へのまなざし、受け入れの難しさ──それは現実社会の中でもしばしば見られるテーマである。ファンタジーであるがゆえに、より鮮明にその重さが浮き彫りになる。
成長と選択の物語として──”正しさ”より”意志”を
ユリアの物語は、常に選択の連続だ。
「父の背中を追うのか、それとも自分の足で立つのか」 「帝国の価値観に従うのか、それとも未知の文化を尊重するのか」
そうした選択を突きつけられる彼女が、一歩ずつ答えを出していく姿は、まさに読者自身の鏡のようでもある。
本書の良さは、「どちらが正しいか」ではなく、「どう選び、どう向き合うか」を描いている点にある。それこそが、中高生という多感な時期に最も伝えたいメッセージなのではないか。
深い人間ドラマ
『レーエンデ国物語』は、単なる冒険譚にとどまらず、登場人物の感情や葛藤を描いた深い人間ドラマでもあります。ユリアとトリスタンの関係性はもちろんのこと、ユリアとヘクトルの親子関係、仲間たちとの友情など、複雑な人間関係が絡み合いながら物語は進行します。それぞれのキャラクターが抱える背景や内面の葛藤が細かく描写されているため、登場人物たちがよりリアルに感じられるでしょう。
レーエンデ国の謎
レーエンデの地は呪われた土地とされ、帝国の人々にとって未知であり恐れられています。この呪いの正体やレーエンデの歴史に隠された秘密が、物語が進むごとに少しずつ明らかになっていきます。第1巻ではその序章が語られる形で終わり、今後の展開への期待が高まります。レーエンデの秘密を解き明かすことで、帝国とレーエンデの関係がどう変化していくのか、読者にとって大きな興味を引く要素です。
まとめ──ページを閉じたあとに、世界が少し広がる
『レーエンデ国物語』第1巻を読み終えたとき、私の中には静かな余韻が残った。これは”物語が終わった”という感覚ではなく、”何かが始まった”という確かな感覚だ。
中高生にこそ、ぜひ手に取ってほしい。多様な価値観を持つ登場人物たち、目に見えない恐怖と向き合う描写、そして何より、自分の意志で人生を選び取ろうとする主人公の姿。
この一冊が、きっと誰かの心の中で、いつかの選択のときにそっと背中を押してくれる──そんな力を持った物語だと思う。